ダイアナ妃事故の真相と愛憎の全貌|王室との確執と遺された王子たち

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1997年8月31日深夜0時20分過ぎ、パリのセーヌ川沿いに位置するアルマ橋下の地下トンネルで、けたたましい衝突音が響き渡りました。ダイアナ元妃と交際相手のエジプト人富豪ドディ・アルファイド氏を乗せた黒塗りのメルセデス・ベンツ・W140(Sクラス)が、猛烈なスピードでコンクリートの支柱に激突。車両は大破し、ドディ氏と運転手のアンリ・ポール氏は即死、ダイアナ元妃も搬送先のピティエ・サルペトリエール病院で帰らぬ人となりました。享年36という早すぎる死でした。

当時、事故の直接的な引き金として真っ先に糾弾されたのは、一行を取り囲んでいた過激なパパラッチ集団でした。しかし、その後のフランス司法当局およびイギリス首都警察による徹底調査により、さらに冷酷な現実が暴かれます。ホテルの保安責任者だった運転手のアンリ・ポール氏は、法定限度の約3倍に達する血中アルコール濃度が検出され、抗うつ薬も服用していました。制限速度50km/hのトンネル内へ、追跡を逃れるために時速100km/hを超える猛スピードで侵入した制御不能状態が、パリ・アルマ橋のトンネル事故の直接的な物理的原因でした。

一方で、事故直後から現在に至るまで根強く囁かれているのがダイアナ妃暗殺説と陰謀論です。ドディ・アルファイド氏の父であり、英名門百貨店ハロッズの元オーナーである故モハメド・アルファイド氏は、「ダイアナがドディの子供を妊娠しており、イスラム教徒との婚約を阻止するために英秘密情報部(MI6)が王室の指示で仕組んだ計画的暗殺だ」と公然と主張し続けました。しかし、英警察が2004年から2006年にかけて総力を挙げて実施した検証「パジェット作戦(Operation Paget)」では、175もの陰謀説を一件ずつ精査した結果、組織的な暗殺を裏付ける証拠は一切確認されず、妊娠の事実も法医学的に否定されています。

それでもなお人々の間で暗殺説が消えない背景には、生前のダイアナ元妃自身が執事に宛てた手紙の中で「夫が私を車いすに乗せるか死に至らしめる事故を計画している」と記していたという妄想的恐怖の告白が存在するためです。孤立無援の中で極限の猜疑心に苛まれていた彼女の悲痛な心理状態が、結果として後世の巨大なミステリーへとすり替わってしまった側面は否定できません。

佐藤 大輔

佐藤 大輔

シニアコンテンツプロデューサー

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