みやぞんの本名「宮園大耕」の真相!免許証で知った国籍と壮絶な生い立ち
なぜ高校生になるまで自身の国籍や出自を知らなかったのか。その背景には、足立区の下町で繰り広げられた、複雑でありながらも並々ならぬ愛情に満ちた家庭環境がありました。
みやぞんは、母親である春奈さんが女手一つで育て上げた5人兄弟の末っ子(長男)として育ちました。驚くべきことに、5人いる兄弟の父親は同一ではありません。長女と次女の父親、三女と四女の父親、そして末っ子であるみやぞんの父親と、3人の異なる父親が存在するステップファミリーだったのです。さらに、みやぞんの実の父親は近所でプラスチック加工工場を経営していた男性(幼少期は「近所のお兄ちゃん」として親しく遊んでもらっていた人物)であり、成長してからその事実を知らされたという衝撃的な告白もなされています。
生活は決して裕福ではなく、むしろ極貧に近い環境でした。母親の春奈さんは家計を支えるため、地元でスナック「ネバー」を切り盛りしながら、昼夜を問わずがむしゃらに働いて5人の子どもたちを養いました。この店名の「ネバー」には、どんな困難に見舞われても決して諦めない「ネバーギブアップ」の想いが込められていたといいます。
母親の子育て方針は徹底して規格外でした。テストで0点を取って帰ってきたみやぞんに対し、母親は怒るどころか「0点から始めれば、あとは上がるしかないじゃない!おめでとう!」と抱きしめ、他人と自分を比較することを固く戒めました。「人と比べるな、昨日の自分と比べろ」「笑っていれば運は必ず巡ってくる」という母・春奈さんの無償の愛と超前向きな哲学こそが、みやぞんの天真爛漫な人間性と、過酷な逆境を笑いに昇華するレジリエンス(精神的回復力)の揺るぎない礎となったのです。