鉄腕・稲尾和久の真実!シーズン42勝と「神様仏様」の奇跡を徹底解剖
稲尾和久がプロ野球界に残した数字は、現代の先発投手が数年間かけて積み上げる数字をわずか1年で叩き出すほどの破壊力を持っています。ルーキーイヤーの1956年に21勝6敗、防御率1.06で新人王を獲得すると、そこから8年連続で20勝以上をマーク。特に1961年には、野口二郎(大洋)と並ぶNPB歴代最多記録のシーズン42勝を達成しました。
この年の投球回数は404イニングに達し、登板数は78試合を数えます。現代のプロ野球では先発投手が年間150イニング前後を投げれば規定投球回に到達することを踏まえると、どれほど常軌を逸したスタミナであったかが分かります。以下の比較表は、稲尾和久の全盛期における主要データと、現代プロ野球における基準値を対比させた客観的記録です。
稲尾和久の通算成績において特筆すべきは、通算防御率が1.98という驚異的な数値を維持している点です。どれほど登板を重ねても制球を乱さず、無駄な四球を出さずに打たせて取る技術が卓越していたからこそ、球史屈指の防御率を刻むことができました。