カール販売中止の真相|東日本撤退の理由と2026年現在の購入先
明治がカールの販売地域見直しを公式発表したのは、2017年5月25日のことでした。同年8月生産分をもって中部地方以東(愛知県・岐阜県・三重県以東)での販売を終了し、9月以降は近畿・中国・四国・九州・沖縄の西日本エリア限定へ縮小されました。日本中のお茶の間に親しまれた看板商品が、なぜ東日本市場から撤退せざるを得なかったのか、そこには明確な事業環境の変化がありました。
最大の要因は、明治カールの売上推移と経緯に見る急激な市場縮小です。1968年に日本初の本格的スナック菓子として誕生したカールは、1990年代前半のピーク時には年間売上高が約190億円に達していました。しかし、ポテトチップス市場の急成長や多種多様な新感覚スナックの台頭、さらには消費者の嗜好変化により、2010年代半ばには約60億円(最盛期の3分の1以下)まで激減していたのです。
スナック菓子は軽量でありながら容積が大きく、トラックの積載効率が低いため、物流費の高騰が利益をダイレクトに圧迫します。売上が縮小する中で全国一律の配送網と複数工場のラインを維持することは、企業収益の観点から極めて困難な状況に達していました。ブランドを完全に打ち切るのではなく、事業を黒字化して残すための苦渋の決断が「販売地域の西日本絞り込み」でした。
では、なぜ「東日本」が切られ「西日本」が残されたのでしょうか。ここには明確な食文化と製造拠点の理由が存在します。当時、カールの製造拠点は子会社である四国明治の松山工場(愛媛県松山市)に集約されつつあり、物流面で西日本が圧倒的に有利でした。加えて、カールの二大巨頭である「チーズあじ」と「うすあじ」のうち、出汁の効いた「うすあじ」が関西圏をはじめとする西日本で圧倒的なシェアと根強い支持を誇っていたことが、西日本限定存続の決定打となりました。