マッサンが遺した血脈と現在地!ニッカ創業者・竹鶴一族の真実
竹鶴政孝とリタの間には、実の子供がいなかった。異国情緒漂うグラスゴー大学での出会い、親族の猛反対を押し切った結婚、そして日本へ渡ってからの果てしない苦闘。二人の強い絆は有名だが、創業の志を次代へ繋ぐ後継者問題は常に重い影を落としていた。
政孝は自らの信念と技術を継ぐ者として、実姉の息子である甥の宮脇威(たけし)を養子に迎える決断を下す。1943年、太平洋戦争の暗雲が立ち込める中での養子縁組だった。威は後に竹鶴威と名乗り、政孝のウイスキーへの狂気的なまでの情熱と、リタの温かな愛情を一身に受けながら育つこととなった。
さらに夫妻は幼い養女・房子も迎えていたが、思春期の葛藤や戦後の混乱期の中で複雑な親子関係を経験することになる。血縁ではなく志で結ばれた家族の形は、当時の日本社会において極めて先進的であり、それゆえに多くの葛藤と繊細な人間模様を内包していた。