巨人V9を支えた職人・黒江透修の現在と名参謀の真実

巨人V9を支えた職人・黒江透修の現在と名参謀の真実の全体像を詳しく解説してご紹介します。

1974年の現役引退後、黒江透修の真価は指導者としてさらに開花します。巨人の守備走塁コーチを務めた後、各球団の首脳陣から招聘が相次ぎました。

特筆すべきは、1987年に中日ドラゴンズの監督に就任した星野仙一からの熱烈なオファーです。血気盛んで闘将と呼ばれた若き日の星野は、自らの参謀役として冷静沈着かつ勝負の機微を知り尽くした黒江をヘッドコーチに指名しました。ベンチで感情を爆発させる星野を宥めつつ、グラウンド上の戦術を冷徹に組み立てる黒江の存在があったからこそ、1988年の中日リーグ優勝が実現したと当時の選手たちは証言しています。

その後も西武ライオンズでは森祇晶監督のもと黄金期を支え、福岡ダイエーホークスでは苦闘期にあった王貞治監督をヘッドコーチとして補佐。さらに横浜ベイスターズでもヘッドコーチを務めるなど、球界の東西を問わず請われ続けました。1992年の中日や2002年の横浜では「監督代行」として緊急登板し、混乱するチームの手綱を引き締めるなど、危機管理能力の高さでも球界随一の評価を獲得したのです。

小林 直樹

小林 直樹

トレンドリサーチャー

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