藤圭子の母・竹山澄子の壮絶生涯|盲目の三味線弾きと宇多田の血脈

藤圭子の母・竹山澄子の壮絶生涯|盲目の三味線弾きと宇多田の血脈に関する注目トピックをまとめてご紹介します。関心のある方は必見です。

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竹山澄子さんの夫であり、藤圭子さんの父親にあたるのが浪曲師の阿部壮三郎さんです。二人は芸を通じて出会い、夫婦で各地を回る旅芸人としての生活を選びました。岩手県で生まれた藤圭子さんを含む子どもたちを抱えながら、一家は東北から北海道へと拠点を移していきます。

当時の暮らしは困窮を極めていました。劇場や演芸場での興行機会が激減したため、一家は民家の玄関先や商店街、夜の盛り場を回って演奏を聴かせる「門付け(かどづけ)」や「流し」によって日々の糧を得ていました。吹雪が吹き荒れる北海道の冬であっても、今日食べるものを用立てるために歩みを止めることは許されませんでした。

まだ小学生だった藤圭子さんは、目が見えない母の手をしっかりと握りしめ、雪道を踏みしめながら案内役を務めました。そして、両親の演奏に合わせて自らも歌声を披露するようになります。わずか10歳前後の少女が放つ哀愁を帯びた歌声は行く先々で評判を呼び、一家の生活を支える大きな光となっていきました。

伊藤 翔太

伊藤 翔太

フード&トラベルライター

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。