戦後歴代首相の功績と退陣の真相|最長・最短政権に見る権力興亡史

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敗戦直後の荒廃から日本がいかにして主権を取り戻し、世界第2位の経済大国へ駆け上がったのか。昭和中期の政治史は、個性際立つ宰相たちの激突と国家デザインの競演でした。

戦後復興の土台を築いたのが吉田茂です。「ワンマン」と称された強いリーダーシップでGHQと渡り合い、1951年にサンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約を締結。国際社会への復帰と主権回復を成し遂げました。軍備拡張を抑えて経済復興に集中する「吉田ドクトリン」は、その後の日本繁栄の基本路線となります。

その後、保守合同によって1955年に自由民主党が結成され、自民党が政権を担い社会党が野党第1党として対峙する「55年体制」が幕を開けます。岸信介による1960年の日米安保条約改定(安保闘争)で国論が二分した反省を受け、後継の池田勇人は「寛容と忍耐」を掲げて経済最優先の「国民所得倍増計画」を推進。日本を高度経済成長の軌道に乗せました。

池田の路線を引き継ぎ、連続在任期間で当時歴代最長となったのが佐藤栄作です。佐藤は非核三原則(持たず、作らず、持ち込ませず)を提唱し、1972年には長年の悲願であった沖縄返還を成し遂げ、日本人初となるノーベル平和賞を受賞しました。

そして昭和政治の頂点とも言える熱狂を巻き起こしたのが、「今太閤」「コンピュータ付きブルドーザー」と呼ばれた田中角栄です。田中は日本列島改造論を掲げて新幹線や高速道路網の整備を進め、地方と都市の格差是正を図るとともに、1972年には日中国交正常化を電撃的に実現しました。しかし、過度な開発熱による狂乱物価と「金権政治」批判、そして1976年に発覚したロッキード事件によって失脚を余儀なくされます。

高橋 健太

高橋 健太

ライフスタイル編集者

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。