孔子の「60にして耳順う」とは?驚くべき真意と人生後半の教訓
Q1:耳順(じじゅん)の正しい読み方と、日常生活での使われ方は?
A1:「じじゅん」と読みます。『論語』為政篇の「六十にして耳順う」から生まれた言葉で、60歳の異称(別名)としても用いられます。例えば、還暦のお祝いや手紙の挨拶などで「耳順の年を迎える」といった形で使われるのが一般的です。日常会話では「他人の忠告や意見に逆らわず、素直に耳を傾けられる成熟した境地」を指す慣用句としても知られています。
Q2:「50にして天命を知る(知命)」と「60にして耳順う(耳順)」の決定的な違いは何ですか?
A2:「知命(50歳)」は自己の内面に向かい、天から自分に与えられた使命や人生の限界を悟るステージです。これに対し、「耳順(60歳)」は自己の確立を経て再び外の世界(他者)に向かい、あらゆる価値観や批判をありのままに包摂するステージです。自分自身の使命を自覚して確固たる軸ができたからこそ、他人のどのような言葉に対しても動揺せず、柔軟に受け止めることができるという発達の因果関係があります。
Q3:職場の上司の理不尽な叱責や理不尽な要求も「耳順」として我慢して受け入れるべきですか?
A3:いいえ、我慢して服従する必要は一切ありません。孔子のいう「耳順」は「相手が理不尽な感情をぶつけてきているという事実を、動揺せずに冷静に客観視すること」を意味します。相手の言葉に心を傷つけられたり逆上したりせず、心の中で「この人は焦りから八つ当たりをしているのだな」と冷静に見極めたうえで、不当な要求には然るべき手続きや論理を用いて毅然と断るのが本来の耳順のあり方です。