護送船団方式とは何か?崩壊の真相と2026年に残る病理を暴く
制度が変わっても、そこに身を置く人間の行動様式は一夜にして変わるものではありませんでした。1990年代の金融危機からメガバンク統合の荒波を最前線でくぐり抜けた元都市銀行の役員は、当時の閉塞感を次のように述懐しています。
「昭和から平成初期の銀行員にとって、最も重要なステークホルダーは預金者でも株主でもなく、大蔵省銀行局でした。新店舗をどの私鉄沿線に出すか、預金集めのキャンペーンでどんな粗品を配るかまで、課長補佐クラスの官僚の顔色を窺って根回ししていた。リスクを取って新しいサービスを始める人間よりも、省庁の意向を寸分違わず汲み取り、他行の動向から一歩もはみ出さない人間が『優秀なバンカー』として出世したのです。結果として、自分たちの頭で融資先のビジネスモデルを審査し、金利を設定する能力を組織全体が失っていました」
大蔵省の解体に伴い、かつて13行を数えた都市銀行は、巨額の公的資金注入と過酷な不良債権処理を経て「3大メガバンク(三菱UFJ・三井住友・みずほ)」およびりそなグループへと怒涛の再編を遂げました。この過程で失われた銀行員の雇用や、貸し渋り・貸し剥がしによって倒産へ追い込まれた中小企業は数知れません。
2000年代以降、金融庁が掲げた「金融再生プログラム(竹中プラン)」のもとで資産査定は厳格化され、それまでの密室での「行政指導」は、法令と明確な金融庁の監督指針に基づく「事後チェック」へと舵を切りました。自己資本比率規制(バーゼル規制)の厳格な遵守や、市場からの客観的な評価(PBRやROEの向上)を求められる現代のメガバンクは、かつての護送船団の殻を破り、海外展開やFinTech、非金利収益の拡大に活路を見出すアグレッシブなグローバル金融グループへと姿を変えています。