香川照之といとこ市川猿之助の血脈!家系図が語る澤瀉屋の光と影
ネット検索やSNS上で定期的に浮上する誤認として、「香川照之と市川猿之助は異母兄弟ではないか?」という説と、「二人は同一人物ではないのか?」という極端な混同があります。これらがなぜ広まったのか、背景には二つの決定的な理由が存在します。
第一に、「父親の不倫・離婚劇のインパクト」です。二代目猿翁が浜木綿子と離婚し、藤間紫のもとへ去った経緯があまりにも著名であるため、「香川照之と後に生まれた市川猿之助は、母が異なる父親同じ兄弟(異母兄弟)である」と記憶が混線したユーザーが多数存在しました。しかし前述の通り、四代目猿之助の父親は実弟である四代目市川段四郎であり、兄弟ではなく血縁上の「いとこ」です。
第二に、「名跡と本名、襲名時期の重複」がもたらした認知の混乱です。2011年秋の共同記者会見において、二人が同時に歌舞伎界の重要名跡(中車と猿之助)を襲名したこと、さらにTBSドラマ『半沢直樹』などの話題作に揃って強烈なヒール役で出演したことから、歌舞伎に詳しくないライト層の間で「市川猿之助=香川照之の芸名」と勘違いされる事態が生じました。
また、香川照之がなぜ「猿之助」を継がなかったのかという疑問についても、歌舞伎の伝統的な序列が関係しています。名跡の継承には幼少期からの修行歴と舞台実績が不可欠であり、46歳で入門した香川自身も「自分が猿之助を継ぐなど畏れ多い」と当初から固辞していました。従弟の猿之助に看板を任せ、自身は一門の重鎮名跡である「市川中車」を継ぐことこそが、最も理にかなった選択だったのです。