福岡名物「おきゅうと」とは?ところてんとの違いや美味しい食べ方を徹底解説

福岡名物「おきゅうと」とは?ところてんとの違いや美味しい食べ方を徹底解説について見逃せない ポイントを分かりやすい構成で解説いたします。

博多の食文化に深く根付くおきゅうとの歴史は、江戸時代中期の享保年間(1716〜1736年)にまで遡ります。当時、西日本一帯を襲った「享保の大飢饉」により、福岡藩でも深刻な食糧難が発生しました。その際、博多の津(現在の福岡市博多区)に住む油屋の店主・忠兵衛が、対馬の漁師から教わった海藻の加工法を応用し、打ち捨てられていたエゴノリを煮固めて非常食として配給したのが始まりと伝えられています。

名前の由来には諸説存在しますが、代表的なものは以下の3つです。

  • 「お救人(おきゅうとにん)」説:大飢饉の際、多くの人々の命を飢えから救った(救人)ことに感謝を込めて名付けられたという説。
  • 「救急草(きゅうきゅうそう)」説:非常時の応急食糧として役立った海藻の呼称が転訛したという説。
  • 「沖人(おきうど)」説:沖合で漁をする海人(うみびと・おきびと)が伝えた食品であることに由来する説。

明治から昭和初期にかけて、博多の早朝には「おきゅうと〜、おきゅうと〜」という独特の節回しで木桶を担いだ売り子の声が響き渡り、それが博多の風物詩となっていました。町衆は朝一番に売り子から出来立てのおきゅうとを買い求め、炊き立てのご飯や味噌汁とともに食卓に並べるのが一日の始まりでした。この生活習慣が、今なお福岡の朝食文化として息づいています。

池田 達也

池田 達也

マネー&キャリアエディター

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。