前田秀雄の現場主義と医療改革|「練馬区モデル」を創り上げた公衆衛生の革新者
2021年春、日本政府は国民への大規模なワクチン接種事業を開始した。しかし、当初国が想定していたのは、体育館やホールに大勢の住民を集めて打つ「集団接種」中心のプランだった。この方式には決定的な弱点があった。高齢者が遠方の会場まで移動する負担、会場での密の発生、予約システムのパンクである。
現場を知る前田秀雄の判断は違っていた。
「普段行き慣れた診療所で、顔なじみの医師から接種を受けるのが最も安心であり、安全である。」
前田が打ち出した戦略はシンプルかつ画期的だった。地域にある街のクリニック(かかりつけ医)での「個別接種」をメインの柱とし、大規模な体育館等での「集団接種」を補完として位置づける二重構造である。これこそが後に全国へ波及する「練馬区モデル」であった。
個別接種を成立させた物流のイノベーション
個別接種には高いハードルが存在した。当時は取り扱いが極めて難しいディープフリーザー(超低温冷凍庫)管理が必要なワクチンの配送である。小規模なクリニックへ小分けにして安全に配送する手段が最大の壁だった。
前田秀雄は、地域の薬剤師会や配送業者とタッグを組み、保冷バッグと温度管理用ロガーを組み合わせた独自の配送ロジスティクスを速やかに完成させた。一元管理された配送網を整備したことで、末端の診療所でも解凍後のワクチンを無駄なく安全に接種できる環境が整ったのである。