ヤマカンはなぜなんJで愛されるのか?山本寛の炎上伝説と現在を徹底追跡
一般的な炎上タレントやクリエイターであれば、過激な発言を繰り返すうちに世間から飽きられ、単に無視されるのが通例です。しかし、なぜ山本寛氏は長年にわたってなんJで異様な存在感を保ち続けたのでしょうか。
その背景には、単なる嘲笑にとどまらない「奇妙な愛憎」が存在します。
第一に、彼が紛れもなく2000年代後半のアニメ黄金期を支えた卓越した才能の持ち主であったという事実です。『涼宮ハルヒの憂鬱』や『らき☆すた』初期の演出で見せた圧倒的なセンスを知る世代にとって、彼の凋落劇は「惜しい才能の自滅」というドラマチックな哀愁を帯びて映ります。
第二に、一切の体裁を取り繕わず、人間臭いエゴや弱音、怒りをネット上に垂れ流し続ける姿勢が、予定調和を嫌うなんJ民の「ヲチ文化(観察文化)」と絶妙に噛み合ってしまった点です。嘘をつけず、挑発にすぐ乗り、自らトラブルの渦中に飛び込んでいく姿は、ネット上のコンテンツとして長年消費され続けました。ネットの反応には、罵倒の中にもどこか「彼がいなくなると掲示板が静かになって寂しい」という歪んだ親近感が漂っています。