徳川光圀の真実|諸国漫遊の嘘とラーメン伝説、波乱の生涯を解剖
光圀は、歴史編纂だけでなく日本屈指の「元祖グルメ・好奇心旺盛な文化人」としても知られています。中でも有名なのが「日本で最初にラーメンを食べた人物」という逸話です。
明(中国)が滅亡した際、日本へ亡命してきた儒学者・朱舜水(しゅ しゅんすい)を水戸藩に手厚く招いた光圀は、彼から儒学だけでなく中国の文化や技術を直接学びました。その交流の中で、小麦粉とレンコン粉を使った中国式の中華麺の製法を伝授され、自ら調理して家臣たちに振る舞ったとされています。これが日本のラーメン発祥のルーツのひとつとして伝えられています。
光圀の旺盛な食への探求心はラーメンにとどまりません。当時としては極めて珍しい以下の食材をいち早く口にしていた記録が残っています。
- 餃子・チーズ(牛乳酒・白餡):中国の食文化や乳製品の加工を試す
- ワイン・黒毛和牛:仏教的タブー視されていた肉食を健康維持のために実践
- 黒豆・納豆:水戸の特産品となる食文化の改良と奨励
光圀にとって新しい食の探求は単なる贅沢ではなく、領民の栄養状態改善や産業振興、未知の知見を柔軟に取り入れる合理的精神の表れでした。