国民栄誉賞にふさわしくない人とは?歴代の選考裏事情と世論の疑問
第1号の受賞者となった王貞治が本塁打世界記録を達成した際、当時の福田赳夫内閣が創設したこの賞は、まさに国民的祝祭の象徴だった。その後、映画『男はつらいよ』シリーズで庶民に愛された渥美清、冬季五輪連覇を果たしたフィギュアスケートの羽生結弦など、時代を彩るスターたちが次々と栄誉に浴してきた。
だが、受賞者たちに課される「国民の模範」という重圧は計り知れない。私生活の一挙手一投足が監視され、少しでも世間の期待から外れれば激しいバッシングに晒される。国家から公認された英雄という看板は、個人の自由や人間らしい弱さを覆い隠してしまうリスクを常に孕んでいる。
象徴としての純度が求められるあまり、少しでも世論の反発を招きそうな要素を持つ人物は、どれほど圧倒的な功績を残していても選考から排除される傾向が強まった。結果として、無難で批判の出にくい人物ばかりが選ばれるという、別の形の硬直化も招いている。