Yoshikiの実家は館山の老舗呉服屋?生家の現在と父親の死に隠された真相
YOSHIKIの人生と作風に決定的な影を落とし、同時に強大な創作エネルギーの引き金となったのが、10歳(小学5年生の夏)の時に起きた父親の急逝です。
当時34歳という若さだった父親の死因は、病気や事故ではなく自死(自殺)でした。学校から帰宅した幼いYOSHIKIが目にしたのは、自宅の部屋で冷たくなっていた父親の変わり果てた姿でした。当初、親族は大人の配慮として「心不全」と伝えていましたが、やがて親戚の会話などから真実を知ることとなり、計り知れないショックとトラウマを抱えることになります。
自著『青い夜 白い夜』や特番ドキュメンタリーでの告白によると、当時のYOSHIKIは「なぜ自分たちを置いて逝ってしまったのか」「父に愛されていなかったのではないか」という激しい怒り、絶望、そして自己否定の感情に苛まれました。その破壊衝動と行き場のない感情を唯一昇華できたのが、偶然レコード店で出会ったアメリカのロックバンド・KISSの音楽であり、激しく叩き鳴らすドラムでした。
ピアノが象徴する繊細で美しい旋律(生・哀愁)と、ドラムが象徴する暴力的なまでの激情(死・怒り)。YOSHIKIの音楽に見られるこの鮮烈な二面性は、父親の死という悲劇的な原体験から必然的に生み出されたものと言えます。