血塗られた壁と最後の電文:旧海軍司令部壕が物語る沖縄戦の深層
この壕を語る上で欠かせないのが、海軍の指揮を執った大田実少将(死後海軍中将)の存在だ。泥沼化する沖縄戦において、首里に本拠を置く第32軍司令官・牛島満陸軍中将率いる陸軍部隊と海軍部隊は連携を取りながら持久戦を展開した。しかし、米軍の圧倒的な物量と激しい砲爆撃の前に戦線は崩壊。小禄地区に追い詰められた海軍部隊は、壕内で最後の時を迎えることとなる。
1945年6月6日、大田司令官は海軍次官宛てに一本の電報を打電した。そこには自らの部隊の奮戦ぶりではなく、戦火に巻き込まれながらも軍に協力し、傷つき、家を焼かれ、それでも耐え抜いた沖縄の一般住民の過酷な献身と苦難が切々と綴られていた。電文の結びにある「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」という言葉は、軍の指導者が残した公式記録の中でも異例の人間性を帯びた叫びとして、今も人々の胸を強く締め付ける。