裏社会激震の深層:名門・宅見組の現在と組織再編に迫る独自取材
分裂騒動以降の激震において、中心人物として常に動向が追われてきたのが入江禎組長である。六代目山口組から神戸山口組が旗揚げされた際、入江氏は副組長として主導的な役割を果たし、名門の看板を背負って電撃移籍を敢行した。この離脱劇は当時、裏社会のみならず社会全体に強烈な衝撃を与えた。
しかし、時の経過とともに神戸山口組の内部対立や指導部との路線の齟齬が表面化する。入江氏は組織を離脱し、一本(独立組織)としての道を歩む決断を下した。六代目山口組への復帰も容易ではなく、神戸側との関係も断絶する中、孤立無援とも取れる状況下でどのような舵取りを行ってきたのか。関係筋によると、幹部の高齢化と離脱が進む中でも、独自の連絡ルートを維持し、組織の看板と構成員の生活を守るための水面下の交渉が粘り強く続けられてきたという。