東海村臨界事故の被害者たちの壮絶な83日間と現在|被曝治療の真相と今
放射線医学総合研究所から東京大学医学部附属病院の集中治療室へ搬送された大内久氏の体内では、現代医学が未だ直面したことのない現象が起きていました。中性子線の直撃により、すべての細胞の設計図である「染色体が粉々に断裂・破壊」されていたのです。
搬送当初、大内氏は意識が清明で、医師団と言葉を交わすほど外見上の変化は見られませんでした。しかし、細胞分裂が一切行えなくなった体内では、血液成分(白血球・血小板など)が枯渇し、腸の粘膜が脱落して激しい下痢と出血が始まりました。さらに皮膚の再生が完全に停止し、医療用テープを剥がすだけで表皮が剥がれ落ち、全身から水分と血液が染み出す極限状態へと移行していったのです。
東大病院の医師・看護師陣は、妹から提供された造血幹細胞の移植や人工呼吸器の装着、持続的血液透析など、当時の最高峰の集中治療を24時間体制で続けました。しかし、移植された妹の幹細胞さえも、大内氏の体内に残存していた放射性物質の影響を受けて染色体異常を起こすという前代未聞の事態に見舞われました。
治療の過程で大内氏が発した「俺はモルモットじゃない」という悲痛な叫びや、家族の手記に記された「生きていてほしい」という切なる願いは、後に放送されたNHKスペシャルおよび書籍『朽ちていった命―被曝治療83日間の記録』を通じて広く知られ、生命維持と尊厳死を巡る重い倫理的教訓として医療史に刻まれています。