ヤンキー先生・義家弘介の現在とは?落選後の活動と波乱の半生に迫る
2005年に北星学園余市高校を退職した義家氏は、横浜市教育委員会の教育委員や、第1次安倍内閣における内閣官房「教育再生会議」担当室の室員を歴任。教育改革の現場で培った知見を国政に生かすため、政界進出を決断します。
2007年の参議院議員選挙(全国比例区・自民党公認)で初当選を飾ると、歯切れの良い論戦で頭角を現しました。その後、2012年の衆議院議員総選挙で神奈川16区から出馬して衆議院へ鞍替え当選。第3次安倍第1次改造内閣では文部科学副大臣、菅義偉内閣では法務副大臣を務め、自民党きっての政策通・論客としての地位を確立しました。
一方で、熱血ゆえの鋭い言動が時に批判の対象となることもありました。2026年の衆院選では自民党全体の逆風に飲み込まれ落選を喫したものの、教育無償化や教員の待遇改善など、彼が国会で提起し続けた政策課題は今なお日本の重要アジェンダとして議論が続けられています。