稲田朋美は何をしたのか?南スーダン日報問題とLgbt法案の波紋
稲田氏の防衛相辞任の直接的な引き金となったのが、南スーダンPKO日報問題である。現地で活動する陸上自衛隊部隊が作成した「日報」が存在しないと公表されていたものの、実際には防衛省・自衛隊内部にデータが保存されていたことが発覚した。大規模な隠蔽工作ではないかとの疑念が浮上し、世論の反発は一気に高まった。
さらに「日報」の存在を稲田氏自身がいつ認識していたのか、防衛省幹部との間で説明の食い違いが生じる事態となった。事態を収拾できなくなった彼女は、2017年7月に防衛相を辞任。安全保障・国防のトップが内部統制の不全によって退陣を余儀なくされたこの出来事は、政府の危機管理体制に対する強い不信感を生む結果となった。