田中要次の現在|元国鉄から「あるよ」でブレイクした怪優の愛と素顔
田中要次の原点は、長野県木曽郡の豊かな山林と鉄道にあります。地元の長野県木曽福島高校を卒業後、1982年に日本国有鉄道(国鉄)へ入社。1987年の国鉄分割民営化を経てJR東海へと承継され、長野や愛知県岡崎市などの現場で保線や施設管理の業務に約8年8ヶ月間従事していました。安全運行を支える極めて硬質なインフラの現場で、定年まで安定したレールの上を歩む道が約束されていたといえます。
しかし、20代半ばの彼の心を激しく揺さぶったのが「映画」でした。ミニシアターへ足繁く通い詰めるうちに、スクリーンの内側で起きている熱気への憧れが抑えきれなくなり、1990年12月、周囲の引き止めを振り切ってJRを退職。退路を断って上京した彼は、最初から役者を目指したわけではなく、映画の制作現場に飛び込みました。
照明助手、大道具、録音助手、ドライバーといった過酷な裏方仕事を請け負いながら、現場の空気を骨の髄まで吸収していった時代。現場スタッフとして動き回りながら、監督の気まぐれや人手不足で急遽エキストラとしてカメラの前に立つようになり、徐々に役者としての資質を見出されていきます。竹中直人監督の『無能の人』や塚本晋也監督の『鉄男II』などの現場で揉まれるなか、1990年代半ばに専業俳優へと舵を切りました。
そして2001年、国民的ドラマ『HERO』のバー「St.George's Tavern」の寡黙なマスター役に抜擢されます。木村拓哉演じる主人公・久利生公平の突拍子もない注文に対し、どんな品物でもカウンターの下からすっと差し出し、「あるよ」と短く呟く。脚本家の福田靖氏が用意したこの短い台詞を、田中要次が独特の低音と無機質ながら人間味のあるトーンで発した瞬間、ドラマ史に残る名キャラクターが誕生しました。下積み時代に裏方として培った「現場全体の空気と呼吸を読み切る観察眼」が、一言の台詞に驚異的な説得力を宿らせた瞬間でした。