没後4年、なぜ日本政界と東京は今も「太陽の男」の亡霊と格闘し続けるのか——石原慎太郎が遺した光と劇薬の2026年現在地
政治家としての彼を語るだけでは、本質の半分も見誤る。一橋大学在学中に『太陽の季節』で芥川賞をさらった弱冠23歳の青年は、既成の道徳や秩序を嘲笑う新しい肉体言語を持ち込んで文壇を揺るがした。彼にとって世界は、言葉で飼いならす対象ではなく、自らの身体性をぶつけてねじ伏せるべき荒野だったのだ。
弟・石原裕次郎という昭和のイコンをプロデュースし、ヨットで太平洋の荒波に挑み、深海や雪山へと身体を晒し続ける。三島由紀夫との丁々発止の論争から、晩年に至るまでの旺盛な執筆欲。死の直前まで「書くこと」への執着を失わなかったこの男の根底には、常にニヒリズムと隣り合わせの美学があった。彼が放つ言葉の刃が政治の場でも異様な切れ味を誇ったのは、その背後に一級の表現者としての冷徹な観察眼があったからに他ならない。