「琴線に触れる」は怒りではなく大感動!誤用の真相と語源を徹底解説
「琴線に触れる」は、文章やスピーチで使いこなせると非常に洗練された知的な印象を与えられる表現です。主語は基本的に「感動した人」の心になります。
【日常生活・感想文での例文】 ・「旅先で出会った名もなき職人の言葉が、私の琴線に触れた。」 ・「映画のラストシーンで見せた主人公の切ない表情が、観客の琴線に触れ、会場のあちこちからすすり泣きが聞こえた。」
【ビジネスシーンでの例文】 ・「新商品の開発ストーリーを丁寧に伝えたことで、消費者の琴線に触れるプロモーションとなった。」 ・「社長が語った創業期のエピソードは、多くの若手社員の琴線に触れ、組織の一体感を強めた。」
なお、ビジネス敬語として目上の相手に使う際には注意が必要です。「私のプレゼンは部長の琴線に触れましたでしょうか?」と相手の心の内を尋ねる使い方は、どこか上から目線の不自然な印象を与えてしまいます。相手に尋ねる場合は「共感していただけましたでしょうか」「お気に召していただけましたでしょうか」と言い換えるのがスマートなビジネスマナーです。