森山直太朗「生きてることが辛いなら」歌詞に込めた真意と論争の全貌
「生きてることが辛いなら」の誕生背景には、森山直太朗のデビュー以来の盟友であり、ほぼすべての楽曲を共作してきた詩人・御徒町凧(おかちまち かいと)の存在があります。
御徒町凧が書き上げたこの詩を最初に目にした時、森山直太朗自身もそのあまりの切れ味と過激さに強い衝撃と戸惑いを覚えたと当時のインタビューで明かしています。あまりに剥き出しの言葉に、メロディをつけることへの恐怖や迷いすらあったといいます。
しかし、二人が徹底して追求したのは「音楽表現における嘘の排除」でした。商業的なヒットを狙った無難なポップスではなく、今まさに暗闇の中で孤独に震えているたった一人の人間へ届く言葉とは何か。妥協のない対話を重ねた末、森山直太朗は「この詩から逃げてはいけない」と覚悟を決め、淡々としながらも祈りを込めた叙情的な旋律を紡ぎ出しました。