クエとアラの違いとは?九州で呼称が逆転する謎と見分け方を徹底検証
日本全国の市場や料理店で生じる最大の混乱は、九州においてハタ科マハタ属のクエ(学名:Epinephelus bruneus)が「アラ」と呼称されている点にあります。毎年11月に開催される大相撲九州場所で、力士たちが舌鼓を打つ名物として全国に報道される博多アラ鍋。この鍋に使われている魚は、標準和名のアラではなく、ほぼ100%が「クエ」です。福岡・中洲の老舗割烹や長崎・平戸の九州アラ料理で供される魚も同様にクエを指しており、地元では数百年にわたり「アラ=クエ」という等式が盤石の文化として根付いてきました。
なぜこのような呼称の逆転が起きたのか。民俗学および水産史の観点から有力視されているのが、魚の部位を指す「アラ(粗)」との差別化、およびその圧倒的な風格に由来する命名説です。古くから玄界灘や五島列島周辺で一本釣りされてきた巨大なクエは、荒々しい磯に潜み、釣り人を翻弄する巨体と引きの強さから、畏敬の念を込めて「荒(アラ)」と呼ばれたという伝承が現地漁師の間に残っています。また、市場関係者の間では「かつて雑魚の頭や骨を指す『あら』と混同されないよう、最高峰の魚として固有の響きを持たせた」という説も語り継がれています。
さらに興味深いのは、関東や伊豆諸島におけるモロコ呼び名の文化です。東京近郊の釣り師や老舗料亭では、大型のクエや近縁の大型ハタ類を伝統的に「モロコ」と呼び習わしてきました。標準和名が「クエ」として全国統一の基準魚名に定められた現代においても、九州では「アラ」、伊豆・関東深場では「モロコ」、そして紀州や四国では「クエ」と、地域ごとに歴史的アイデンティティを宿した呼び名が色濃く残されているのです。