和同開珎の謎に迫る!富本銭の影と教科書が語らぬ古代通貨の真実

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708(和銅元)年、武蔵国から純度の高い自然銅(熟銅)が献上された。これに歓喜した元明天皇は元号を「和銅」へと改元し、国家的な祝賀ムードの中で貨幣鋳造の詔を発した。その発端となった現場が、現在の和銅遺跡(埼玉県秩父市)だ。険しい山肌に今も残る露天掘りの跡は、古代国家がどれほど血眼になって銅資源を求めていたかを無言で物語っている。

産出された銅はすぐさま都へ運ばれ、催鋳銭司(さいしゅせんし)と呼ばれる専門機関の手で規格化された銭貨へと姿を変えた。元明天皇が下したこの決断は、単なる地方からの貢ぎ物に対するリアクションではない。藤原京から平城京への遷都を控え、膨大な財政需要と労働力の動員を迫られていた朝廷にとって、秩父の銅発見は天が与えた千載一遇の好機であり、遷都事業を正当化するための最高の政治的演出だったのだ。

高橋 健太

高橋 健太

ライフスタイル編集者

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。