白豪主義の深層:差別国家から多文化共生へ変貌した豪州の教訓

白豪主義の深層:差別国家から多文化共生へ変貌した豪州の教訓を徹底追究! 知っておきたい 情報と解説を凝縮して配信します。

19世紀半ば、オーストラリア全土を揺るがしたゴールドラッシュ。一攫千金を夢見て大陸に渡った中国人鉱夫の勤勉さと結束力は、白人労働者たちの間に激しい嫉妬と経済的脅威を植え付けた。低賃金労働への反発や衛生上の偏見は急速に政治運動へと発展し、各地で暴力的な排斥運動が激化していく。

1901年にオーストラリア連邦議会が発足した際、初代首相エドマンド・バートンは「白人の純潔と優位性を守ることこそが国家の義務である」と宣言した。その思想を法制化したのが、移住制限法(1901年)だ。この法律の最も陰湿な仕掛けは、ヨーロッパ言語による50語の書き取りを課す「ディクテーション・テスト」にあった。入国を拒絶したいアジア系渡航者に対し、当局は敢えて申請者が理解できないゲール語や古代ギリシャ語で試験を実施し、合法的に追放したのである。

田中 結衣

田中 結衣

デジタルマーケティングコンサルタント

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。