フォークダンスDe成子坂が伝説と呼ばれる理由と解散・夭折の真相
解散後、二人はそれぞれ全く異なるアプローチでお笑いの世界に対峙し続けました。
村田渚:ピン芸人から「鼻エンジン」結成へ
村田渚は解散後、ピン芸人として活動を継続しつつ、持ち前のツッコミ力を活かして様々な番組の司会や舞台のサポートを務めました。しかし、やはりコンビで舞台に立ちたいという情熱は消えず、2005年に元「坂道コロンブス」の松丘慎吾と新コンビ「鼻エンジン」を結成します。
村田の切れ味鋭いツッコミは健在で、結成直後の『M-1グランプリ2005』では準決勝に進出。お笑いファンや芸人仲間からは「村田渚が帰ってきた」と大きな期待が寄せられました。
桶田敬太郎:作家・プロデューサーとしての才能発揮
一方の桶田敬太郎は、バンド活動や劇団「エボリューション・オフィス」の主宰を経て、主に構成作家・脚本家としてのキャリアを本格化させました。太田プロダクションの若手養成スクールで講師を務めるなど、後進の育成にも深く関与。アンジャッシュやバナナマンなど、同世代や後輩芸人の単独ライブの構成・ブレーンとしても高く評価され、舞台裏のキーマンとしてその才腕を発揮していました。