子規や秋山兄弟だけではない!日本の近代化を牽引した愛媛の偉人たち

子規や秋山兄弟だけではない!日本の近代化を牽引した愛媛の偉人たちの見逃せないポイントをわかりやすく整理しました。

愛媛県が日本の発展に遺した足跡は、文学や軍事にとどまりません。経済・産業・交通インフラの領域において、国家の運命を左右する決断を下した偉人たちが存在します。その代表格が、「新幹線の父」と呼ばれる十河信二(そごう しんじ)と、住友グループの礎を築いた広瀬宰平(ひろせ さいへい)です。

愛媛県新居浜市(旧・周桑郡)出身の十河信二は、第4代日本国有鉄道(国鉄)総裁として東海道新幹線の建設を主導しました。当時、「高速鉄道は航空機や自動車の時代に逆行する無用の長物」と猛烈な批判を浴びる中、十河は世界銀行からの融資を取り付け、周囲の反対を押し切ってプロジェクトを推進。予算超過の責任を一身に背負い、1964年の開業式典には招かれないという悲運を味わいながらも、日本の高度経済成長を支える大動脈を完成させました。彼の不退転の決意がなければ、今日の新幹線ネットワークは存在しなかったと言っても過言ではありません。

また、新居浜の住友別子銅山を世界的な大銅山へと甦らせたのが広瀬宰平です。幕末から明治維新の混乱期に、操業停止の危機に瀕していた別子銅山の総支配人に就任した広瀬は、フランス人技師ラロックを招聘。近代的な採鉱技術や火薬(ダイナマイト)の使用、鉱山鉄道の敷設など、大胆な西欧技術の導入によって生産量を飛躍的に増大させました。この別子銅山の成功が、住友重機械工業や住友化学など、今日の住友グループ各社の発展へと繋がっています。

木村 陽翔

木村 陽翔

テックライター兼ウェブディレクター

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。