月亭方正の引退説はなぜ出た?テレビから消えた本当の理由と驚きの現在
「ヘタレ」「リアクション芸人」として確固たるポジションを築いていた山崎邦正が、なぜ40歳という円熟期に落語家への転身という過酷な道を選んだのか。その深層には、自著や特別インタビューで赤裸々に語られている「強烈な将来への焦燥感」と「アイデンティティの危機」がありました。
当時、バラエティの現場で求められる役割を完璧にこなしながらも、本人の胸中には「自分には一人で舞台に立ち、客を呼べる芸がない」「若さや瞬発力に頼ったいじられキャラのまま、50代・60代を迎えられるのか」という深い苦悩が渦巻いていました。消費されるひな壇芸人としての恐怖に直面していた時期、転機をもたらしたのが先輩芸人・東野幸治の「落語を聴いてみたらどうや」という一言でした。
東野の勧めで昭和の名人・桂枝雀の『阿弥陀池(あみだいけ)』の音源を聴いた瞬間、方正の人生は一変します。「たった一人で座布団の上に座り、声と身振りだけで何十人もの登場人物を描き分け、爆笑を生み出す落語の圧倒的な力」に衝撃を受け、涙を流すほどの感動を覚えたと回顧しています。これを機に独学で落語の稽古を重ね、2008年、40歳の時に上方落語の重鎮である月亭八方に正式に弟子入りを果たしました。