橋本龍太郎元首相の死因と最期|腹部大動脈瘤から急変した闘病の真相
橋本氏の逝去を受け、2006年8月8日、東京・北の丸公園の日本武道館において内閣・自民党合同葬が厳粛に執り行われました。葬儀委員長を務めたのは、かつて自民党総裁選を争った当時の小泉純一郎首相でした。
式典には皇族方をはじめ、政財界の重鎮、各国の大使や元首クラスを含む約4,500名が参列。武道館の外には一般の献花台が設けられ、真夏の炎天下にもかかわらず数千人の一般市民が長蛇の列を作りました。
小泉首相は追悼の辞で「政策のあらゆる分野に精通した稀代の政治家であり、改革の先駆者であった」とその功績を称え、盟友たちが涙ながらに語るエピソードに会場は深い悲しみに包まれました。剣道練士五段の腕前を持ち、山岳愛好家としても知られた武骨で情に厚い人柄が、多くの人々の心に刻まれていた証左といえます。