加藤和彦の遺書全文と最期の言葉|軽井沢で命を絶った真相と苦悩
加藤和彦さんの足跡を振り返ると、日本の音楽シーンがいかに彼によって切り拓かれてきたかが鮮明になります。
1960年代後半、北山修さんらと結成した「ザ・フォーク・クルセダーズ」では、『帰って来たヨッパライ』がミリオンセラーを記録。さらに日本のポップス史に燦然と輝く名曲『あの素晴しい愛をもう一度』や『悲しくてやりきれない』など、瑞々しい感性で時代を席巻しました。
1970年代初頭には、当時の妻・ミカさんらを擁して「サディスティック・ミカ・バンド」を結成。『タイムマシンにおねがい』などの先鋭的なロックサウンドは国内にとどまらず、ロキシー・ミュージックの全英ツアーでオープニングアクトを務めるなど、世界的な評価を獲得しました。
その後、作詞家で作・演出家の安井かずみさんと再婚。二人の優雅でヨーロッパ的なライフスタイルは文化人たちの憧れの的となり、名盤『パパ・ヘミングウェイ』や『うたかたのオペラ』といった「ヨーロッパ三部作」を生み出します。安井さんとの死別(1994年)や、その後の声楽家・中丸三千繪さんとの再婚・離婚などを経ても、加藤さんの生み出すサウンドは常に洗練と気品に満ちていました。