落語にも描かれた大山詣りの秘密とは?歴史と絶品グルメを完全解説
江戸の街から富士山と並んで目立つ存在だった大山。この霊峰に対する信仰・巡礼は、源頼朝の時代まで遡るが、庶民の間に浸透したのは江戸時代に入ってからのことだ。将軍の徳川家康が大山を江戸城の裏鬼門(南西)を守る要衝と位置づけ、整備を支援したことがきっかけとなった。幕府の保護を受けたことで、大山は格式高い聖地としての地位を確立する。
しかし、庶民を駆り立てた最大の理由は「精進落とし」という名目の娯楽だった。参拝を終えた一行は、途中の江の島や鎌倉、さらには大磯などの遊廓や温泉へ立ち寄り、羽を伸ばした。この旅の様子は浮世絵師の歌川広重をはじめとする多くの絵師によって描かれ、江戸中でブームを加速させた。参拝という建前と、観光という本音が絶妙に融合したシステム。それこそが、庶民を熱狂させた裏の秘密である。