ミスチル桜井和寿のパイプ椅子事件とは?伝説の真相と若き日の武勇伝
現在の桜井和寿といえば、スタジアムの大観衆を包み込むような包容力と優しい語り口がトレードマークです。しかし、インディーズ時代からメジャーデビュー初期(1992年〜1993年頃)の彼は、音楽に対して人一倍ストイックで、時に近寄りがたいほどの鋭いトゲを持っていました。
下積み時代のライブハウス「渋谷La.mama(ラ・ママ)」や地方遠征のステージでは、客席の反応が薄いと露骨に悔しさを滲ませ、自分たちの音楽を真剣に聴こうとしない客に対して強気なMCを放つことも珍しくありませんでした。当時を知る古参ファンからは、次のような証言が残されています。
「当時の桜井さんは、爽やかなポップバンドとして見られることに激しく抵抗していた。客席に向かって挑発的な言葉を投げかけたり、アコースティックギターを荒々しく掻き鳴らしてステージを後にするなど、剥き出しのロックンロール精神を感じさせる緊張感があった」
こうした若き日の尖ったステージングや荒々しいパフォーマンスの記憶が、年月を経て伝言ゲームのように変化し、「パイプ椅子を投げた」というインパクトのある怪談めいた武勇伝へと変貌を遂げたと考えられます。