ロッキー青木の破天荒な生涯と遺産争いの真相|世界的家族の光と影
栄光に満ちたロッキー青木の人生の晩年は、一転してドロ沼の家族紛争という重い影に覆われることになります。2008年7月10日、彼は肺炎のため69歳で逝去(長年の肝炎や糖尿病、がんとの闘病も報じられていました)。しかし、彼の死の前からすでに、推定数百億円とも言われる莫大な資産と信託財産(エステート)を巡る争いが始まっていました。
紛争の中心となったのは、2002年に3人目の妻として再婚した青木恵子(小野恵子)氏と、最初の妻や過去のパートナーとの間に生まれた実子たち(長男ケヴィン、長女グレース、次男スティーヴ、次女デヴォンら)の対立です。
発端は、ロッキー青木が生前、信託財産の運用や相続権の改定を巡り、自らの実子4人を相手取って訴訟を起こしたことでした。子供たちは「後妻である恵子氏が病気で弱った父を操り、一族の資産を独占しようとしている」と主張。一方のロッキー青木側は「子供たちが父親の財産を当てにし、自分を裏切った」と反論し、ニューヨーク州裁判所で全面対決へと発展しました。
ロッキー青木の死後も法廷闘争は泥沼化し、最終的に裁判所は遺言や信託の変更の一部について子供側の主張を認める判決を下すなど、長期にわたる裁判は世間の注目を集めました。現在、青木恵子氏は実業家として活動を継続していますが、この骨肉の争いは「巨大な富が家族関係をいかに引き裂くか」という痛烈な事例として語り継がれています。