日本経済を牽引した巨大世代の軌跡と今直面する超高齢危機の真相
団塊世代が生まれたのは、昭和22年(1947年)から昭和24年(1949年)のわずか3年間である。この期間に生まれた子どもの数は合計で800万人を超え、1年あたりの出生数が約260万人という、現代の日本の出生数からは想像もつかない突出したピークを記録した。
この特異な人口層に名を与えたのは、通商産業省(現・経済産業省)の官僚出身で後に経済企画庁長官を務めた作家の堺屋太一である。彼が1976年に発表した近未来予測小説『団塊の世代 (小説)』が契機となり、この呼称は一気に社会へ定着した。油層の中で石油が固まった塊を意味する地質学用語「団塊」を、突如として出現した巨大な人口層に見立てた見事な着眼だった。
近代の人口動態論においても、この世代の推移は極めて稀有なケースとして分析されてきた。ピラミッド型を描いていた日本の年齢別人口構造は、この塊の移動とともにナス型、そして逆三角形へと激しく歪んでいくことになったのである。