西村賢太の急死真相と波乱の生涯|没後も読者を惹きつける私小説の真髄
Q1:西村賢太の作品を初めて読むなら、どれから入るのが最もおすすめですか?
A1:まずは芥川賞受賞作である『苦役列車』(新潮文庫)をおすすめします。19歳の日雇い労働生活を軸に、ユーモアと焦燥感が絶妙なバランスで描かれており、ページ数も手頃で西村文学の文体や主人公・貫多の魅力が最もストレートに味わえます。その後、恋愛の修羅場を描いた『小銭をかぞえる』や、初期の傑作『どうで死ぬ身の一踊り』へと進むのが王道の読書ルートです。
Q2:父親が起こした事件とは具体的にどのようなものだったのですか?
A2:西村氏が10歳(小学4年生)の時、父親が強盗強姦事件を起こして現行犯逮捕されました。当時、運送業を営んでいた父親の凶行により一家は崩壊し、多額の賠償金と世間の凄まじい差別に晒されることになりました。この事件は西村氏が生涯抱え続けたトラウマであり、「性犯罪者の息子」という血の重圧と劣等感が、のちに私小説を執筆する最大の動機となりました。
Q3:芥川賞受賞会見の「風俗に行こうと思ってた」発言は計算された演出だったのでしょうか?
A3:演出や台本ではなく、完全に本人の偽らざる本音でした。西村氏は後年のエッセイで、賞の連絡待ちをしている時間は極度の緊張とプレッシャーに晒されるため、落選した際の自暴自棄な気晴らしとして本当に風俗通いを計画していたと述懐しています。メディア受けを狙った虚勢ではなく、極限状態における人間の赤裸々な心理がそのまま言葉になったものでした。
Q4:藤澤清造とはどういう人物で、なぜそこまで執着したのですか?
A4:藤澤清造(1889〜1932)は、石川県七尾市出身の大正期の私小説家・劇作家です。貧困と精神錯乱の中で東京・芝公園で凍死(狂死)を遂げました。29歳の西村氏が偶然その代表作『根津権現裏』を読んだ際、「自分の苦しみや孤独をすべて先回りして書いてくれた作家がいる」と激しい衝撃を受けました。自らを清造の「没後弟子」と定め、墓守を務めたり全集を自費出版したりすることで、自らの文学的・精神的な拠り所とし続けました。