タヌキ親父の虚像を打破!最新史料が暴いた徳川家康の真実の素顔
近年、学術界で急速に評価を高めているのが、家康の「合議制の制度設計能力」である。江戸幕府の初期体制を分析すると、家康は自らの独裁権力を強化するのではなく、本多正信らブレーンや宿老たちによる徹底的な議論のプラットフォームを構築することに腐心していた。
最新の歴史ドキュメンタリーでも頻繁に取り上げられるように、家康は重要な決断を下す際、身分の上下を問わず専門家の意見を貪欲に吸収した。南蛮貿易の知見を得るためにイギリス人航海士ウィリアム・アダムス(三浦按針)を重用し、宗教や学問の統制には僧侶の天海や儒学者の林羅山を登用した。異質な才能を恐れず、自らの権威を脅かさない形で配置する人事の妙は群を抜いている。
彼が目指したのは、自らの死後も揺るがない「属人性を排した統治機構」だった。武家諸法度によるルールの明文化や、大名統制の基準づくりは、すべて家康自身の性格——すなわち、個人の資質や感情のブレに対する深い不信感から出発している。自分の性格的弱点を知り尽くしていたからこそ、システムによる支配という近代的な統治形態へいち早く踏み出すことができたのだ。