瀬戸内のジャンヌ・ダルク鶴姫の生涯と鎧の謎!実在の真相に迫る

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鶴姫が生まれた大祝家(おおほうりけ)は、伊予国(現在の愛媛県)大三島に鎮座する大山祇神社の大宮司を代々務める名門でした。大山祇神社は古くから武神・海上守護神として全国の武将から崇敬を集め、瀬戸内海の制海権を握る越智氏や河野氏、そして強力な機動力を誇る大三島・三島水軍の精神的支柱でもありました。

大祝家の当主は神職として戦場に直接立たない不文律があったため、戦乱が起きた際には当主の代理(陣代)が軍勢の総大将を務める習わしとなっていました。時は戦国時代初期、周防・長門を中心に勢力を拡大していた大大名・大内義隆は、瀬戸内海の覇権を掌握すべく伊予侵攻を本格化させます。

天文3年(1534年)から天文12年(1543年)にかけて大三島は度重なる大内軍の急襲を受けました。鶴姫の兄である大祝安舎(やすおき)や安房(やすふさ)が相次いで命を落とすなか、家中の危機を救うため、わずか16歳の鶴姫が陣代として甲冑を身にまとい、三島水軍の指揮を執ることとなったのです。

渡辺 美咲

渡辺 美咲

ガジェット&アプライアンスライター

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