幕張を駆け抜けた超速の韋駄天がスパイクを脱ぐ日。千葉ロッテ・荻野貴司の「絶望と栄光」が交錯した17年間の軌跡
詳細を見る
荻野のキャリアを語る際、周囲はどうしても「怪我さえなければ」という言葉を使いたがる。通算安打数や通算盗塁数など、彼が健康であり続けたならば到達したであろう天文学的な数字を想像してしまうからだ。だが、当の本人はその手の「タラレバ」を一切好まなかった。言い訳を探す時間があるなら、1秒でも早くグラウンドへ戻るためのリハビリに費やす——それが彼の哲学だった。
トレーナー室の隅で、一人黙々とストレッチや補強運動を続ける背中を、チームメイトたちは長年見つめてきた。どれほど絶望的な診断を下されても、カメラの前では言い訳ひとつ口にせず、ただ淡々とリハビリに励む。その背中こそが、ロッテのロッカールームにおける最大の「教訓」であり、若手選手たちがプロとして目指すべき北極星となっていたのだ。