ホジュンは実在した?名医の衝撃の死因と史実の真相を徹底解明
ホ・ジュンの実人生を語る上で、多くのファンが衝撃を受けるのが「師匠ユ・ウィテ(柳義泰)」の存在をめぐる真実です。
劇中では、慶尚道山清の名医ユ・ウィテに弟子入りし、厳しい修行を経て医術の神髄を学ぶとともに、不治の病に侵された師が「自らの体を解剖して医術の糧とせよ」と遺言を残す場面が物語の最高潮として描かれます。
しかし、近世の医学史研究および家系図の調査によって、ユ・ウィテはホ・ジュンより約100年後の17〜18世紀(朝鮮後期・粛宗〜英祖期)に実在した医師であることが判明しています。生きた時代が1世紀も異なるため、ホ・ジュンがユ・ウィテに師事した事実も、師の遺体を解剖した事実も史実には存在しません。
この劇的な師弟関係は、作家イ・ウンソン氏が執筆した小説『小説 東医宝鑑』において、山清地方に伝わる名医伝説を巧みに融合させて創出した文学的演出でした。
実際のホ・ジュンは、当時の名門官僚であり文人としても高名だった柳希春(ユ・ヒチュン)の庇護を受け、その推薦によって内医院(宮廷の医療機関)へ推挙されたことが『草尾日記』などの一次史料から確認されています。ホ・ジュンはフィクションの助けを借りずとも、実力と学識によって宮廷医官への道を切り拓いた傑物でした。