中野「ワールド会館」の現在と跡地は?解体理由と再開発計画を総力取材
中野ワールド会館が竣工したのは、高度経済成長期の熱気が残る1971年(昭和46年)のことでした。鉄筋コンクリート造・地上7階地下1階建てのビルとして誕生し、当初はサウナ、カプセルホテル、スナック、キャバレーなどがひしめく総合レジャービルとして賑わいを見せました。
最大の特徴は、その特異な建築デザインです。外観に規則正しく並んだ丸窓はどこか宇宙船や潜水艦を思わせ、館内に足を踏み入れれば、薄暗い通路と複雑な階段が交差する迷宮のような構造が広がっていました。この独特の退廃美から、いつしか好事家たちの間で「中野の九龍城」「中野の魔窟」の異名で呼ばれるようになります。
隣接する中野ブロードウェイがオタクカルチャーの殿堂として世界的な知名度を獲得する一方で、ワールド会館はよりアンダーグラウンドでアングラ感漂う大人の社交場として独自の生態系を形成しました。昭和レトロ、サブカルチャー、ディープな酒場文化が奇跡的なバランスで融合した、中野の裏の象徴ともいえる歴史を刻んできたのです。