昭和の民芸品から現代アートへ。「札幌の木彫り熊」が今、国内外で再評価される真の理由

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1960年代から1970年代にかけて、日本は高度経済成長の渦中にありました。日本国内で旅行ブームが巻き起こり、北海道は人々の憧れの地に浮上します。1972年の札幌オリンピック開催は、この勢いをさらに加速させました。

札幌駅や狸小路商店街の土産物店には、山のように木彫り熊が並びました。「北海道旅行の証」として、人々はこぞって木彫り熊を買い求めました。この時期に決定づけられたアイコンが、あの大ヒットスタイル――「跳ねる鮭を豪快に咥えたヒグマ」です。

量産化による粗悪品の大増殖と衰退

需要が供給を遥かに上回った結果、市場には機械加工で大量生産された粗悪な品や、海外で安価に削られた輸入品が出回るようになりました。職人が一刀一刀魂を込めた作品と、工場で作られたプラスチックのような木彫り風土産が混在したのです。

バブル崩壊以降、ライフスタイルの洋風化や住環境の変化に伴い、和室の床の間自体が消滅していきました。重厚で暗い色合いの木彫り熊は「埃をかぶる古い土産物」「掃除の邪魔になるもの」として追いやられ、リサイクルショップの棚に投げ売りされる不遇の時代を迎えることになります。

森 瞳

森 瞳

ヘルス&ウェルネスアドバイザー

暮らしを豊かにする便利アイテムや時短アイデアを中心に、実用的な情報をお届けします。