妖艶な美と凄絶な殺陣!早乙女太一の「女形」が魅了する理由
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彼の芸術的ルーツを辿る上で、切っても切り離せないのが大衆演劇の世界だ。創設者である父・葵陽之介が率いた「劇団朱雀」の舞台で、彼はわずか幼少期から厳しく鍛え上げられた。旅ドサ回りの過酷な環境下、毎日異なる演目を演じ分ける日常。そこで磨かれた即興性と勝負勘こそが、彼の表現力の骨組みとなっている。
10代前半にして「流し目王子」の異名を取り、日本中を空前のフィーバーへと巻き込んだ時代劇の若き寵児。しかし、その華々しい脚光の裏にあったのは、父・葵陽之介による血の滲むような稽古の日々だった。着物の捌き方から首の角度、着座した際の背筋の落とし方に至るまで、大衆演劇の粋を集約した仕込みが、現在の完璧なフォルムを作り上げたのだ。