デヴィ夫人の母親・政子さんの生涯と急死の真相|家族を襲った悲劇の全貌
戦後の麻布で待っていたのは、想像を絶する極貧生活でした。父の兵七郎さんは目を患って大工仕事ができなくなり、まもなく病に倒れて他界。さらに、母の政子さんは過去の病気が原因で足が不自由であり、満足に外へ働きに出ることが困難な状態でした。
家計を一手に背負うことになった七保子少女は、中学を卒業後、東京都立三田高校の定時制に通いながら昼間は千代田生命保険に勤務。さらに夜は赤坂の高級クラブなどで働き、睡眠時間を削りながら家計を支えました。彼女の原動力はただ一つ、「足の不自由な母に楽をさせたい」「優秀な弟の八曾男を大学(早稲田大学)に進学させ、立派に育て上げたい」という家族への無私の献身でした。