昭和の大横綱・大鵬の伝説!優勝32回と孫・王鵬へ受け継がれる血脈
昭和30年代後半から40年代にかけて、日本全国を席巻した流行語が「巨人・大鵬・卵焼き」です。当時の子どもたちが大好きなものの代名詞として定着したこのフレーズは、通商産業省(現・経済産業省)の官僚だった堺屋太一氏が記者会見で発言したことがきっかけで世に広まりました。
この言葉が生まれた背景には、当時の高度経済成長期における「圧倒的な強さ」と「大衆への親しみやすさ」があります。プロ野球の読売ジャイアンツ(巨人)がV9へ向けて黄金期を築き、各家庭の食卓で卵焼きがご馳走の象徴だった時代、相撲界で無敵の強さを誇っていたのが大鵬でした。色白で彫りの深い端正な顔立ちと、相手の攻めを堂々と受け止めてから鮮やかに寄り切る正攻法の取り口は、女性や子どもを含む幅広い層を魅了しました。
一方で、あまりの強さゆえに「勝って当たり前」と見なされ、判官贔屓(ほうがんびいき)の相撲ファンからは対戦相手に大声援が送られることも日常茶飯事でした。「強すぎて面白くない」とまで言わしめた大鵬の存在感は、単なる一力士の枠を超え、戦後復興を遂げた日本の豊かさと力強さのシンボルそのものだったのです。