寛一郎と父・佐藤浩市、三代続く怪物俳優の血脈と知られざる葛藤
父は名優・佐藤浩市、母は舞台経験を持ち家庭を支え続けた広田亜矢子。寛一郎が生まれ育った環境は、常に映画と芝居の熱量に満ちていた。幼少期から父の撮影現場に連れられ、照明の熱やカチンコの響きを肌で感じていたものの、家庭内での佐藤浩市は決して「役者になれ」と強要することはなかったという。
むしろ父は、役者という職業の過酷さと残酷さを誰よりも知るがゆえに、息子の自主性を尊重し見守るスタンスを貫いた。高校卒業後、進路に迷いロサンゼルスへの短期留学を経て「やはり映画をやりたい、役者になりたい」と告白した寛一郎に対し、佐藤浩市が返したのは「そうか」という短い一言だった。長年父が所属したテアトル・ド・ポッシュなど芸能界の重鎮たちも見守るなか、寛一郎は本名である「佐藤寛一郎」ではなく、あえて苗字を外した「寛一郎」として芸歴をスタートさせた。親の名前を笠に着ることを潔しとしない、彼なりの覚悟の表れだった。