浅田真央の母にホステス説?莫大な費用を支えた家族の真相と壮絶な絆
真央さんが世界のトップスケーターとして確固たる地位を築き、バンクーバー五輪で銀メダルを獲得した翌年の2011年12月9日、母・匡子さんは48歳という若さでこの世を去りました。死因は生体肝移植を必要とするほどの重篤な肝硬変(肝不全)でした。
当時、カナダ・ケベックで開催されていたグランプリファイナルに出場するため現地入りしていた真央さんは、母の容体急変の報を受け、急遽大会を棄権して緊急帰国。しかし、飛行機が日本に到着する直前、母は息を引き取り、最期の瞬間に立ち会うことは叶いませんでした。
匡子さんは生前、自らの重い病状を娘たちに過度に心配させず、どこまでもスケートに集中させようとしていました。亡くなる直前まで「真央は真央の滑りをしなさい」と伝え続けた母の言葉は、その後の真央さんの生き方に決定的な影響を与えます。
母を失った深い悲しみを乗り越え、2014年ソチ冬季五輪で見せた伝説のフリースケーティング。ショートプログラム16位からの大逆転劇で見せた魂の演技と、滑り終えた瞬間に流した涙の奥には、天国の母への万感の思いが込められていました。